【Secne.5】
人間―IF
あれから、長い月日が過ぎた―
「アルマッ、アルマッー!!」
突然の大声に、ウチは慌てて飛び起きた。
寝ぼけた頭をブルブル振って、ベッドの脇へと視線を向ける。
「うわ、寝坊したっ…!?すんませんー、今行きますー!!」
階下へと声を返しながら目覚まし時計を見れば、すっかり針が止まってる。
修理したばかりなのにおかまいなし、ウチはガックリと肩を落とした。
寝巻きを脱ぎ散らかしながらクローゼットの扉を開ける。
飾りっ気のない衣服と作業着が数着、数ヶ月経っても中身が増えない。
慣れた手付きで身支度を済ませて作業着に身を包むと、部屋の扉を開けた。
そして出る前に1度振り返り、机に並べられた動物の人形へと視線をやる。
「行ってくんね。」
…そこでふっと何かが思い返される。
(あぁ、そっか。)
(今日はなんやか、すんごく良い夢見た気ぃする…。)
どんな夢だったかは思い出せない、だけどとても懐かしくて幸せな夢。
暫く思い出そうと努力したけど、結局浮かばない。
ウチを呼ぶ声に急かされて、パタンと扉を閉じて部屋から飛び出していった。
「すんません親分、寝坊しましたー。」
「おうアルマ、やっと起きやがったか。それと親分じゃねぇ、店長だ。」
「はーい、店長やんね。すんません親分。」
「…わざとだな、てめぇ。」
部屋から出て下の工場(こうば)へと降りれば、いかつい顔のおっちゃんが出迎えてくれた。
このおっちゃんは、この町で修理屋さんを営んでる店長さん、何となく親分って呼んでる。
ちっちゃなモンからちょっとおっきなモンまで、何でも修理してくれる町の便利屋さん。
ウチは今、この修理屋さんに住み込みで働かせてもらってる。
人間の世界に来たばかりの頃のウチは、何にもわからんかった。
だけど今はこうして、手先の器用さを活かせるお仕事貰えとる。
それに、おっちゃんには家族がおらんからウチの事を実の娘みたいに可愛がってくれる。
それが嬉しくって、ついつい甘えたくなる。
「それでアルマ、昨日頼んでたブツは終わってんのか?」
「3丁目のダイくんの自転車やんね、ちゃんと直しといたよ。」
「んじゃ、散歩がてら届けに行ってやれ。風に当たればその寝癖も勝手に直るだろ。」
言われてから頭を触ってみると、髪の毛があっちこっちへ跳ね回ってた。
照れくさそうに笑い返してから、工場の隅に置いてあった子供用の自転車に向かう。
後輪を浮かせて手で回してみると、ガラガラーっと音を立てて綺麗に回る。ちゃんと直ってるね。
ウチは丸いものが好きや。
回ったり転がったりしてるのを見ると、なんやか心がほんわかしてくる。
たまに物寂しくもなるけれど、最近は思い出を大事にしようって気持ちの方が強まってきた。
これも、大人になったって事なんかな。…何て言うたら笑われそうやけどね。
そんな感じで後輪を回しながら物思いに耽る。
でもいつまでもそうしてはいられへん、センチメンタルなのは性に合わんしね。
「ほな、行ってきますー!」
よっと起き上がって、自転車を押して工場を後にした。
外に出れば、さんさんと太陽が輝いている。今日もえぇ天気やね。
今日は日曜日、朝早くから遊ぶ子供たちの姿が街中で見られる。
顔見知りの子やお母さん達に挨拶を交わしながら、ぶらぶらと町を歩いた。
人間の町。多くの建物が並んで道路には車が走る雑多な町。
と言っても、この辺りはまだまだ田舎の方らしい。一度連れてって貰った都会は、すっごく広いのに息も付けないほど狭苦しかったのを覚えてる。
町を見渡しながらのんびりと歩いていると、目の前に何かの人影。
それは凄い勢いでウチ目掛けて突進して来た。
「あ~っるまぁっー!!!」
「うぎゃぁっ!?」
猪みたいな勢いで突っ込んで来た赤髪のお姉さんにイキナリ飛びつかれて、頭を抱え込まれる。
あまり大きくもない胸でウチを無理やり抱き締めたり、頬すりしたりと、やりたい放題。
念の為に言っとくけど、この人は通りすがりの痴女さんやない。…と、思う。
「な、なんやのイキナリ…?」
「やぁー、アルマがちゃんと生活出来てるのか気になってねー、近く寄ったから遊びに来たのよ。いやぁ、元気そうだねっ。けっこうけっこう!」
「もぅ…、ちゃんと暮らせてるってお手紙書いたやんか、セツナ先生。」
「なぁにかなぁ、その態度は!最愛の師匠でありおねーさまなあたしが会いに来てあげたのにさっ!ぐりぐりー!」
グリグリと頭を撫でながら、お姉さんが子供みたいに笑ってる。
この人はセツナ=キリサキ先生。見た目も態度も子供っぽいけど、ホントの年齢はよぅわからへん。
ウチの先生で、ウチを拾ってくれた人。ウチの恩人。
あの日…、島を出て人間の世界へ行く事になったあの日。ウチはただ、途方に暮れる事しか出来なかった。
色んな事がありすぎて、頭の中が混乱してて。気が付けば、どこかの港に放り出されていた。
同じ船に乗っていた人間の冒険者達も、それぞれの帰る場所へと降り立っていく。
だけどウチにはもう、帰る場所なんて残ってなかった。
抜け殻みたいにしょぼくれながら、その港でうずくまってた時。声を掛けてくれたのがセツナ先生やった。
セツナ先生も、昔に島を訪れた冒険者やったらしい。
本当はウチやなくて、その港で別の誰かを探してたみたいやけど…。ウチが帰る場所が無いって言ぅたら、そのまま連れ帰ってくれた。
セツナ先生の家はすっごく大きな道場らしい。当たり前のようにウチを養子にして、人間の世界の事を色々と教えてくれた。
やがてウチは、セツナ先生が講師をやってる学園に通う事になった。
正直、勉強にはさっぱり付いていけへんかった。
テストは毎回赤点で、その度に補習を受けさせられて、全部終わるまでセツナ先生が付き合ってくれる。
そんな学校生活を続けてるうちに、セツナ先生がウチにこう言ったんよ。
「アルマは、得意な事を伸ばし続けた方が良いよ。」って。
ウチの得意な事は、手先の器用さ。島で生活してた頃から、自分の甲羅や日用品を作り続けてたから、それは得意。
セツナ先生が居た学園から別の工業学校に転校して、やっぱりよぅわからへん専門知識をいっぱい叩き込まれて、すっごく大変やったけど。
おかげで今は、優しいおっちゃんの居る小さな修理屋さんで、ちゃんと働けとる。
「んー?どしたのアルマ、あたしの顔見つめちゃって。」
「うん、セツナ先生には色々お世話になったなぁて思ぅて。」
「あっはっはっはッ!!嬉しい事言うねー、このこのっ!あはははッ!!!」
「う、うん、でも撫でる時はもちょっと優しくっ…。」
苦笑いを返しながらも、セツナ先生の抱擁を受け入れる。
ちょっと元気過ぎて全然大人っぽくないお姉さんやけど、ウチが今こうしていられるのも、セツナ先生のお陰やから。
「さて、あたし早く戻らないと怒られちゃうのよね。たっぷり妹を可愛がった事だし、そろそろ帰るわ。アルマも頑張ってね!」
来た時と同じように、何だか猪みたいな勢いで走り去っていった。
街中で全力疾走はアブナイと思うんやけど、教師やのにその辺アバウトなんやね、セツナ先生…。
セツナ先生から解放されて、改めて町を歩いて、大きな公園へと入った。自転車の届け先はこの公園を抜けて直ぐだ。
そう思って歩いていたら、お腹あたりにどすんっと小さな衝撃を感じた。
下を見てみると、小さな女の子がウチにぶつかっている。両手で抱えたソフトクリームが、べったりとウチの作業着に張り付いていた。
6歳ぐらいのその女の子は、駄目になったソフトクリームを見て目に大粒の涙を浮かべている。
「キミ、大丈夫――」
「ミィっ、だいじょうぶっーー!!?」
その子に声を掛けようとしたウチを遮って、別の女の子の声が届いてきた。
長い黒髪の…12歳ぐらいの女の子が飛んできて、ミィと呼んだ小さな女の子に痛い所はないかと調べている。
「サチおねえちゃん、アイスがぁ~…」
「こらっ、そんな事より先にごめんなさいでしょう!?ほら―」
「「ごめんなさい、お姉さん。」」
サチと呼ばれた女の子に先導されて、二人が一緒に頭を下げる。
”お姉さん”。そう呼ばれたときに、何故だかヒドイ疎外感を感じたような気がした。
この子達はまだ子供で、ウチは大人。お姉さんと呼ばれるのが当たり前のハズやのに。
ホンの一瞬、だけどその子達には気付かれたみたいで、二人はウチの表情を不安そうに見上げていた。
慌てて笑顔を取り繕って、ミィと呼ばれた女の子に優しく手を乗せる。
「かまわへんよ、これ汚れてもえぇ作業着やからね?そうや、ちょっと待っててくれる?」
少し視線をずらせば、公園の広間にソフトクリームの屋台が出ているのが目に入る。
休みの日にたまにやっている屋台、味も結構美味しい。自転車をその場に止めて、そちらへ向かう。
屋台の店員さんはこちらのやり取りを見ていたのか、ウチが近づくと直ぐに新しいソフトクリームを用意してくれた。
それを手に女の子達の前にしゃがみこみ、ミィって呼ばれてた小さな子にそれを手渡した。
その子の顔がぱぁーっと明るくなったのが目に見える。どうやらソフトクリームが大好物らしい。
「ありがとうございます、おねえさん!」
「こ、こらミィ、ものを貰っちゃダメだって言われてるでしょう!?えっと、あの、お姉さん、お金は……。」
「んーん、別にえぇんよ。可愛い子が涙目になってたら誰だって悲しいもんね。サっちゃんもそうでしょう?」
「…え?………あ、はい…?」
サチって呼ばれた子が不思議そうにウチを見上げる。
無性にその頭を抱き締めたくなった…けど、そんな事したら正真正銘の変態さんやからね。
嬉しそうにソフトクリームを舐める様子を眺めてから、ウチはその場を後にした。
…後にしようとした―
「サっちゃん、ミィちゃんっ!!」
突然、公園の入口から大きな声が響いてくる。
二人の女の子は、急に目を輝かせてそちらへと駆け出していった。
「―――っ!」
「―――おねえちゃーん!」
何かのノイズが入ったかのように、その声が聞き取れない。
周りの話し声、走る車の音、空を飛ぶ飛行機、何もかもが入り混じったような嫌な音が、一瞬耳に木霊して会話を遮る。
「―――!どこ行ってたのよ、あれだけ迷子になるなって言ったのにー!」
「うん、ごめんごめんー。あ、ミィちゃん、おいしそーなアイスやねぇ~。」
「やさしいおねえさんにもらったんです~。―――おねえちゃんも、どーぞっ。」
公園の入口付近で、3人の女の子達が和気藹々と話あっていた。
小さな子が両手で掴んだソフトクリームを、新しく来た子へ差し出す。
その子の顔がよく見えない、降り注ぐ太陽が視界を奪っていく。何もかもが、白く見える。
「――――っ!」
「――――~♪」
「――――ー?」
公園から出て行く少女達、やがてその話し声も完全に聞こえなくなる。
姿が見えなくなるまで見送っても、誰も振り返る子は居ない。
(あぁ、そうか。)
頭を振る、白く染まった視界に少しずつ色が戻ってくる。
(あそこはもう、ウチの居場所やないんやね。)
ゆっくりと深呼吸して、改めて目を見開く。そこは大きな公園だった。
近くで遊んでいた子供たちが、ウチに向かって手を振っている。何度かオモチャを修理してあげてる常連さんだ。
その子達に改めて手を振り返し、その場に止めてあった自転車を押して歩き出した。
(ウチの大切な思い出達。どうかいつまでも、幸せにね。)
ウチは思い出を忘れない。
思い出を忘れずに、新しい居場所でちゃんと生きていくから…―――
(IF―End)
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もうひとつの結末 後編(Sence5)
あとがき