~10日目、殺人蜂の日記より~
~殺人蜂の気持ち~
アルマ「サっちゃん、サっちゃん。もう朝やよ、お寝坊さんやねぇ。」
私を呼ぶ声。
それはとても、とても慣れ親しんだ声。
アルマ「サっちゃん、怪我はもぅえぇの?手当て足りんかなぁ、痛い所あったら言いな?」
心配そうに私の体を擦っている。
私の体には毒があるのに、…この子は何も恐れずに。
アルマ「なぁサっちゃん。サっちゃんはウチのこと、嫌いなんかなぁ…?」
寂しそうな表情で覗き込んできた。
この子にこの表情は、はっきり言って似合わない。
殺人蜂「馬鹿なアルマね。どうしてそう思うのよ?」
アルマ「だってウチ、サっちゃん怒らせちゃったもん…。ごめんな、ウチ何も分からんと…。」
そうだ…、昨日私はこの針で、アルマに襲い掛かった。
私は殺人蜂、人を殺すべくして生まれた種族。
人を殺す事こそ、私の存在意義。
…なのにこの子は、私は人を殺さないと言う。
私はそんなこの子が、
この子が並べる奇麗ごとの数々が。
憎くて、
憎くて、
憎くて、
羨ましくて、
愛しかった。
殺人蜂「ううん。私はアルマのこと、大好きよ。」
アルマ「ホンマに?ウチも、ウチも大好きやよ、サっちゃんのこと!」
嬉しそうに抱きしめてくる両腕。
昆虫である私と違い、温もりのある体。
私はアルマのように、純粋にはなれない。
私は殺人蜂、人を殺すべくして生まれた種族。
人を殺す事こそ、私の存在意義だと信じていたから。
(人を殺せない私はただの蜂ね。…ふふっ、またハっちゃんって呼ばれちゃうな、カッコ悪い。)
そんな事ををぼんやり考える。
私がただの蜂でも、この子はこうして抱きしめてくれるのだろう。
だったら私は…、”殺人蜂”でなくても良いのかもしれない。
そう考えると、前より少しだけ、恐怖が和らいだ気がした。
アルマの温もりが、体温のない私にも伝わってくる。
とても…、暖かい。
殺人蜂「………アルマ、そろそろ行きなさい。今日もやる事はあるんでしょう?」
アルマ「でもサっちゃんの怪我、手当てしなっ…。」
殺人蜂「ホントに馬鹿ねぇ。ケンカするのはいつもの事でしょ?心配してないでさっさと行く!」
つんつんと、自分の針でアルマを突っつく。
強力な猛毒を秘めた、自慢の針。
けれど、毒液さえ出さなければただの針。
誰を殺せもしない、ただの針。
(こんな針一本に、私は何を怖がってたんだろう。馬鹿は私の方じゃないの…。)
刺すのが怖くて、人も動物も避けてきた。
なのにこの子は、何も怖がらずに近づいて来て。
危ないって言っても、こうして抱きしめてくる。
何よ、結局怖がってたのは私だけ?
…馬鹿馬鹿しい、ホントに馬鹿馬鹿しい!
アルマ「もぅ、すぐ馬鹿って言う~。サっちゃんってばイジワルなんやからぁ~。」
突っつかれても、この子は笑ってる。
…嬉しかった。ホントに嬉しかった。
アルマ、ありがとう。
もちろんそんな事、口に出しては言わない。
だからせめて、心の中で言わせて。
アルマ、ありがとう。
殺人蜂「行ってらっしゃい。アルマは能天気なんだから、転がってまた川に落っこちないようにね?」
アルマ「もぅ落ちひんよぉ!今日は真っ直ぐ転がったるから見ときぃやぁー!」
そう言って転がって行く彼女。
もちろん、フラフラ曲がりくねって転がってるけど。
可笑しいわよね、何故かちゃんと、前に進んでるんだから。
アルマが見えなくなるその時まで、私はじっと、その様子を眺めていた。
…
……
………
殺人蜂「盗み聞きなんて趣味が悪いんじゃなくて?」
バサバサバサ、と大きな羽音。
木の枝から降りて来たのは、一羽の大きな鳩。
彼は大鳩さん。私達若い動物達にとっては、兄貴的な存在。
大鳩「…出られる場面じゃなかったじゃねェかよコラ。」
殺人蜂「意外と空気読むのね、大鳩さんって。ビックリしちゃった。」
大鳩「からかうんじゃねェよコラ!オレだって困ってたんだよオイ!」
…こんな感じで、からかうと面白いのよね。顔は怖いのに。
それが若者達に好かれる理由だって、彼は気づいて無さそうだけど。
殺人蜂「大鳩さん。昨日ね、アルマに聞かれたのよ。「人間の事嫌いやの?」って。」
大鳩「…そうかよ。」
殺人蜂「私はね、人間はただの獲物だって答えた。」
大鳩「………そうかよ。」
大鳩さんは、何も反応を見せてくれない。
彼は島の動物達の中でも、一番の人間反対派。
その理由は、私達には話してくれないけれど。
殺人蜂「でもね、私アルマの事は大好きよ。」
大鳩「………」
殺人蜂「だから、アルマが好きだって相手は、私も好きになるかもしれない。」
大鳩「……………」
殺人蜂「これって…、いけない事かしら?」
口を閉じていた大鳩さんが、不機嫌な声で口を開く。
大鳩「テメェの好き嫌いくらいテメェで決めろやコラ、オレの知った事かよ。ケッ!」
そのまま直ぐに飛び立って行った。
…やっぱり怒ってるわね。
それでも…、
(自分で決めろ、か。その通りよね。)
彼が何故人間が嫌いなのか、私は知らないけれど。
私には、人間を嫌う理由なんてないもの。
だけどアルマは、人間の事が好き。
だから私には、人間を好きになれる理由がある。
殺人蜂「そうよねアルマ。私も好きになって、良いのよね。」
平原に佇む一本の木。
その木に生息する一匹の殺人蜂は、人間を好きになろうとしていた。
けれどそれは、アルマとは別の物語。
それは彼女にとっての物語。
側を通れば話しかけてみるのも良いだろう。
ツンツンした蜂娘が、相手をしてくれるかもしれないよ。
その木に生息する一匹の殺人蜂は、人間を好きになろうとしていた。
けれどそれは、アルマとは別の物語。
それは彼女にとっての物語。
側を通れば話しかけてみるのも良いだろう。
ツンツンした蜂娘が、相手をしてくれるかもしれないよ。
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